私は、学生時代、美術を勉強していたので、同級生や教授など、(作家や画家など、仕事としていなくても)クリエイターと呼べる方が周囲にたくさんいました。
また、博物館や美術館、あるいは資料館などで働くなかで、画家や工芸作家、小説家、詩人、エッセストなど、何かを創り出すということを職業とされている方と、お仕事をする機会もありました。(ここでは、画家や小説家などをまとめて、作家さん、と呼ぶことにします)。
さて、作家さんには、自分の作品への愛着が強いタイプと、無頓着なタイプの2種類がいるように、私は思います。
もちろん、無頓着なタイプの方も、特定の思い入れのある作品には執着する、ということはあると思いますが、基本的には、無頓着なタイプの方は、自分の作品を結構適当に扱ったり(そして、適当に扱われても意外と気にしない)、忘れてしまったりされることが多いです。
どちらのタイプの方も、その度合いが強いと展示する側しては、とても気を遣います。
自分の作品に愛着のある方は、もちろん、気を遣います。こういう方は、展示構成やキャプションの解説にもこだわられたり、作品の取り扱いも、事前に色々と注意をされたりすることがあります。
ただ、別にそれが面倒ということはなく、むしろ事前に確認をされるということであれば、そちらの方が助かるということもあります(色々決まってからの、どんでん返しの方が大変です…)。博物館同士などの作品の貸し借りでも、内容の確認や取り扱いについては、結構何度もやりとりすることもあるので(館によっては、条件が厳しいところもあるので)、そこは、あまり気にならなかったりします。
実は、結構大変なのは、無頓着なタイプの方だと、個人的には思っています。
意外と、自分の作品の扱いに頓着されない作家さんというは、一定数いらっしゃいます。展示内容などの確認も、あんまり細部まできちんと目を通されない方や、期日を過ぎて、何度か連絡して、やっと目を通して、お返事を下さる方などもいらっしゃいました(この辺は、無頓着とは別の理由かもしれませんが…)。
自分が作っているものだから、という理由が大きいのだと思いますが、梱包も、美術館で働く人間からすると、「なんて危険な…!」とちょっとクラっとするくらいの、無防備な状態だったりすることもありました(結構壊れやすい作品でした…)。紙の原稿なども、手持ちで紙の封筒に入れて持って来られて、端が曲がっていたり…。
あるいは、ケースがない焼き物の展示で、テグスなどで固定するのが嫌、とおっしゃる方もいらっしゃいました。
一番、手ごわかった作家さんだと、来館者の人が触りそうだったり、うっかり踏んで壊しそうなところに作品を置きたいとおしゃられた方がいらっしゃいました。触られても、壊れても構わない、とおっしゃるのですが、館としては、そういうわけにはいかず、「触らないでください」や「この先に作品があります」という札を置かせてください、とお願いしたのですが、それは無粋なので、避けたいとのご意見でした。
困り果てて、何度かの交渉の末、作品から少し離れたところに、注意書きの札を置く、ということで、何とかお話がまとまりました。ですが、離れたところでは、あんまり効果がないので、結局、その作品の周辺に監視員さんを一人、ほとんど張り付きの状態で配置しました。
無頓着タイプの作家さんも全てに無頓着というわけではなくて、作品の扱いはいい加減に見えても、作品の見せ方には、こだわりのある方など、こだわりポイントが、それぞれ違うだけなんだなあ、とは思います。でも、美術館側としては、やっぱり作品の扱いは、慎重にしたいので、時に、作家さんの自分の作品の扱いのぞんざいさに、ドキドキしてしまうのです。
さて、曼荼羅アートです。
いつも左右対称なので、非対称にしようと思って描き始めました。イメージは風車とか風車みたいな感じです。
最終的には、あまり非対称な印象にはなっていないのですが、面白い模様になったので、これはこれで気に入っています。
ただ、色をどうしようか、完全にノープランです。形を活かせるような、色の配色がえできればいいなと思っていますが、広い面を塗るのが下手なので、そこが一番の懸念材料です。

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